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屋根裏の殺人鬼 フリッツ・ホンカを見た

70年代、西ドイツのハンブルクで猟奇的な殺人事件が起こった。ハンブルグにあるとあるアパートで火事が起こり、火元の上階に住む男の家からバラバラにされた女性の遺体の一部が見つかった。遺体の数は合計4体。被害にあったのはいずれも中高年の娼婦だった。

事件を起こした男の名はフリッツ・ホンカ。ハンブルクにある屋根裏部屋のような安アパートに住むホンカは、部屋の壁の中にばらばらにした死体の一部を遺棄し、くさっていく死体と共に暮らしていたという。

骨が潰れ、団子のようになった鼻に斜視、というホンカの面貌。ハンブルクにあるバー「ゴールデン・グローブ」に足しげく通い、そこに通う、40代~50代の中高年の娼婦という体力的に弱く、かつ足のつきにくい人間を被害者に選ぶという狡猾さ*1。そして、一物を食いちぎられることをおそれ、入れ歯の女性ばかりを狙ったという性癖。こういった異常性から当時話題になっただけでなく、日本でも平山夢明の『異常快楽殺人』などがとりあげるなど、様々な作品の題材にもなっている。

映画「屋根裏の殺人鬼 フリッツ・ホンカ」はそんな凶悪殺人事件をモチーフにし、加害者であるホンカの視点から描いた一作だ。

 

映画が始まり、映し出されるのは、壁一面にヌードモデルの写真が張られた小汚い部屋。女が下着が丸見えの姿でベッドに横たわっている。しばらくすると、奥からブリーフ一枚、腰の曲がったフリッツ・ホンカが現れる。

ホンカは重そうに女の体を引きずり別室に運ぶ。ブルーシートの上に寝かせてると、のこぎりを取り出し女ののどもとにあてた。そう、殺した女性の体を解体しようとしていたわけである。

一瞬手を止めたホンカは、何かを思い出したように、レコードを回し始める。かかるのは、ドイツ語で女性歌手が歌う、サルヴァトール・アダモの「ひとつぶの涙」だ。お気に入りの曲を聴いてやる気を取り戻したのか、ホンカは曲のリズムに合わせて、女性の体をのこぎりで解体していく。

 

グロテスクなシーンから始まる本作。殺人鬼ホンカの殺戮ショーが始まるかと思いきや、そこから続くのはさえない中年男ホンカの日常だ。

理由は明らかにされないが、ホンカはアルコール中毒である*2。行きつけのバーゴールデン・グローブ*3に入り浸り、ウォッカのオレンジジュース割りをちびちびやりながら、女をあさる。

ゴールデングローブに集まるのは、男も女も酒に逃げるような理由を抱えた中年ばかり。ホンカ同様みなさえない。だが、決してまともな顔とはいえないホンカは、そんな中においても、酒をおごることすら断られてしまう。ついには女に「小便を顔にかけることすらしたくない」と言われる始末だ。

ホンカの相手をしてくれるのは、金がなく、生活に困った高齢の娼婦ばかり。だが、せっかく出会えた相手とも、ホンカはまともに付き合うことができない。自分勝手にことにおよび、など自分に都合が悪くなると激高し、相手が死ぬまで暴力をふるう。そして、壁の隙間にばらばらにした死体を隠し、ガムテープで蓋をし、酒に逃げ、死体の腐臭がただよう家でそのまま暮らしてしまう。

ホンカはあることがきっかけで、酒をやめ、まっとうに生きようとする。そして、心を通わせられるような女性にも出会うのだが、結局また酒に逃げ、ホンカを笑った娼婦を怒りに任せて殺してしまう。

本作はそんなホンカの生活が、逮捕という破局を迎えるまでを描いていく。いちおうホラー映画になっているようだが、逃げ惑う美女をホンカが襲うようなシーンもなければ、物陰からいきなりホンカが飛び出てくるようなシーンもない。

シリアルキラーのような計算しつくされた殺人行為は行われない。殺人は突発的に起こり、隠ぺいの手段も杜撰だ。死体と共に過ごす生活も、別になにか以上な嗜癖がホンカにあるというよりは、ただただ、死体を処分するのが面倒だから起こってしまったようにも見える。

画面には淡々と、アルコールにおぼれ破滅していく、さえない男の日常が映る。本作はそこにたえず存在する、人を思わず殺してしまうホンカのどうしようもない性を描いていく。

酒におぼれアルコール中毒のような状況になり、身を持ち崩す人間はたくさんいる。理由は様々だろう。酒に逃げるような理由がある人間もいれば、どうしようもない人間もいる。そういった人間の中には日夜酒の力を借り、夜の相手を探しているものもいるかもしれない。時に不愉快なことがあれば、言葉ではなく暴力に訴える人間もいるだろう。

 

そういう意味で言えば、酒場で酒を飲み、娼婦を連れて帰る、そんなゴールデングローブで酒を飲んでいるときのホンカは凡庸な厄介な酒のみでしかない。探せばどこかの飲み屋にいそうな人間である。

 

本作のゴールデングローブで酒を飲んでいる酔いどれたちもホンカとはそう大差はない。酒場にやってきた若者のちょっとしたしぐさに怒りを感じ、尿を浴びせたり、飲んだくれて、いい年をして、わけもわからない男の「酒はある」という誘い文句についていってしまったり。

だが、ホンカは決定的にいびつな部分がある。それは容易に他者の命をうばい、それに対して何ら良心の呵責を感じていなさそうなところだ。本作ではバックボーンには触れず淡々とホンカが抱えている社会との微妙なずれを描き出していく。

バーゴールデングローブでは優良な常連客には二つ名がつくのだが、ホンカだけは、二つ名がついていないことが示唆されている。周囲にいる人間も人畜無害だとは思いつつも、どこか違和感をかんじているのではないか、ということが示唆される。

また、くりかえしになるが、ホンカが真人間に戻ろうとする場面があるのだが、それはもう人間を何人も殺した、つまり取り返しがつかなくなってから起こっている改心なのである。

であるからこそ、現代でもどこかにホンカのような人間が潜んでいるのではないかといいう嫌な感覚を見たものに想起させる不気味さが本作にはある。

決して見ていていい気分のする映画ではないが、いわゆる娯楽作品の一つとして、シリアルキラーとして消費される人間の実像、そして社会とどのように向き合っているのか、その実態に迫った作品であったように感じた。

 

 

 

 

*1:映画や当時の資料などをみるとホンカ本人は意図に殺害したわけではないようである。被害者も男としてモテないという事情があったホンカ相手にされる女性は高齢の娼婦という事情もあったようだ

*2:海外のウィキペディアなどをみると、強制収容所で過ごしたあと、児童養護施設で過ごした、とする情報もある。養護はできないが、アルコールに逃げるには十分な理由もあったようである

*3:現在もハンブルクに残っている