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ファシズムの教室を読んだ 

 結局情報の海に埋もれてしまった感があるが、しばらく前、堀江貴文氏のtwitter上での発言がひとつのきっかけとなり、広島県のとある餃子店が休業に追い込まれた話が話題になっていた。

 餃子店を訪れたホリエモンご一行。一人がマスクをしていなかったことから店長がマスクの着用を求めたところ、ホリエモンが激昂。これはたまらんと入店を拒否した店長の行動をホリエモンFacebook上に綴ったことをきっかけにホリエモンの取り巻き*1たちから餃子店への抗議の電話が相次ぎ、店主とその妻は疲弊、休業に追い込まれたというのが騒動の顛末だ。

  正直なところ、恐ろしいの一言である、数十万といるホリエモンの取り巻き。それが無批判にホリエモンからの情報だけを頼りに、突っ込んでくるのである。突っ込む人間も暗に突っ込むように取り巻きをそそのかしたホリエモンも、何故そんなことができてしまうのだろうか。全く理解ができない

 だが、一部の人間に心酔して、真偽も確かめず、電凹をしてしまう人。お気持ちで正義を執行して、顔の見えない相手を死ぬまでたたき続けてしまう人。明らかにおかしい思想を信じこんでしまう人。何にも中身もないオンラインサロンに金を払って通い、インターネットでサラリーマンをあおり始める人。こういう不可思議な話は、実のところよくある。一体全体、なぜそんなことが起こるのか。

 問題の答えが書いてある本の一つが、『ファシズムの教室』だった。

 執筆したのは主にナチズム研究を専門としている、甲南大学教授で歴史社会学者の田野大輔氏。氏が、2018年まで大学で行っていたファシズムの体験学習をもとになぜ”普通”の人間がナチスによるユダヤ人大虐殺のように、残虐な行為に加担するのかに迫った一冊だ。

 本書はファシズム研究、ナチズム研究、あるいは生来的に人間が権威に追随してしまう、そのメカニズムに迫った社会心理学の実験*2など、これまでの知見を参照するとともに、甲南大学で田野氏が行っていたファシズムの体験学習*3の内容、そこから得られた知見を紹介していくものとなっている。

  本書で繰り返し田野氏が強調するのは、ファシズムやナチズムが、圧政者、狂気的な指導者によって力づくで生まれたわけではない、つまり、人間には生来的に権威に追随することを選ぶ、何らかの性質があるのではないか、ということである。

  もちろん、武力による弾圧、その影響は否定はできないだろう。だが、確かに、世の中には、所属する構成員の行動を善とし、集団で特定の性質を持つ人間を一方的に痛めつけるような構図というのはたくさんある。冒頭に書いたホリエモンの取り巻きたちもそうだし、学校で取り立てた原因があるわけでもなく”なんだか気持ち悪い”とか、そんな理由でいじめられる子供たちが出てくるのもそうだろう。思えば私も、鼻くそをほじっていただけで、学級会で謝れとつめられたことがある。

  人間は何故権威に追随するのか、同調圧力を強め、集団に属さない、あるいはルールに従わない人間を攻撃するようになるのか、その背景にある性質を明らかにするため、また生来的にいわゆるファシズム的な状況に人間や人間の集団がおかれやすい、という恐ろしさを学生に認識してもらうために行われたのが田野氏の「ファシズムの教室」というわけである。

 

 ファシズムの教室の内容自体は非常にかわいらしいものだが、以下の点をしっかり抑えている。

 

 特定の指導者がいる、かつ彼を崇拝するような構図

 特定の敵を糾弾する(ファシズムの教室での敵はリア充だ)

 成員に共通する行動様式や衣装を用意する

 

 学生たちからのフィードバックからは、敵を糾弾する時に昂揚感が高まっていく様や次第に「ハイルタノ!」と田野氏をほめそやす言葉を発することや共通の服装でいることの恥ずかしさを忘れ、服従することの喜びを見出していくさまが描き出されていく。

  ただ、結局、ファシズムの教室は2018年を最後に終わってしまった。マスコミに取り上げられたことによって、大きな批判が寄せられたからだという。

  批判の多くは簡単に言えば、臭いものには蓋をしろ、という論法のものだ。要するに講義を通じてファシズムの魅力を知ってしまえば、それを悪用するのではないか、触れさせないほうが良いのではないかというものである。田野氏はこの批判に疑義を呈している。

  昨今コロナ禍によって不安が高まり、他者の行為を糾弾するような言説が多くみられるようになった。もちろん、感染症対策として必要な部分もあるが、感染した人間など特定の人間を追い詰めるようなものも少なくない。

  田野氏は本書を執筆後、朝日新聞のインタビューでファシズム的な言動を避けるためにどうすればよいかという質問に対し以下のように答えている。 

ファシズムの体験学習の受講生の中にも、糾弾されるカップル役の学生がかわいそうだと感じる人がけっこういます。相手も自分と変わらない学生であり、もしかしたら自分がその立場にいたかもしれない――という想像力が、糾弾をためらわせる歯止めになります。

 ナチスの時代にも、抽象的なユダヤ人には敵意を抱く一方、近所に住むユダヤ人には親しみを感じていた人が多くいました。具体的な血の通った人間に対しては、危害を加えることは困難です」

(出典:

「コロナ自警団」はファシズムか 自粛要請が招いた不安 [新型コロナウイルス]:朝日新聞デジタル

 

 とはいえ、ネットがインフラとなった現代社会では、顔のない他人の行動が嫌でもたくさん目に付く。顔のない人間にまで、想像力を働かせることは難しいだろう。そのためにも、田野氏が行った講義のように、恐ろしさをしる、想像力を働かせられる素地を作る体験が必要ではないだろうか。

 

 

ファシズムの教室: なぜ集団は暴走するのか
 

 


*1:フォロワーと言えるのかもしれないが、無批判に追随していることからこの言葉を使った

*2:スタンレーミルグラムの電気ショック実験 

ミルグラムの電気ショック実験 | 日本心理学会

スタンフォード大学の監獄実験などが紹介されている。

スタンフォード監獄実験 - Wikipedia

*3:アメリカで過去に行われた高校教師、ロン・ジョーンズが行ったサードウェイブ実験やそれをもとにしたドイツ映画The WAVEをもとに、田野氏が改良したもの

いかに詳しい

https://jss-sociology.org/research/86/396.pdf

サードウェイブ実験に関して

サードウェイブ実験 - Wikipedia

映画The WAVEに関して

https://ir.lib.hiroshima-u.ac.jp/files/public/3/36681/20150915120043764904/DoitsuBungakuRonshu_45_19_Kimoto2.pdf