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写経で文章がうまくなりたい10 フェイクニュースが一大産業になった街、北マケドニア・ベレスの話

 アメリカの大統領選挙が終了して、もう少しで一月立つ。昨日はようやくバイデンの勝利がほぼ確実なものとなった。いまだにトランプ陣営は何やら動きを見せそうな雰囲気もあるのだが、個人的にはひとまずほっとしている。だってあのおじさんヤバイじゃん。

 そんなわけで、改めて、なんでトランプというモンスターが大統領になれたのかいろいろ記事を見ていると面白いものがあった。

 2016年の大統領選でトランプが勝利した背景にあると言われるのが、ネット上に拡散されたフェイクニュースだ。その生産工場の一つとなっていたのが、アレクサンダー大王の出身地として知られるマケドニア(2019年に北マケドニアに国名が変わった)の小都市ベレスである。

 日経新聞編集委員である古川英治氏が、現地でその背景を取材、まとめた書籍、『破壊戦 新冷戦時代の秘密工作』*1を上梓した。その一部が文春オンラインで公開されていたので、写してみた。

 記事によれば、ベレスは平均月収が約400ユーロほどと言われるマケドニアでもさらに低い街で、200ユーロ程度の稼ぎで暮らしている人間が多数を占めるのだとか。

 もともとソ連時代には工業地域として仕事もあったというが、ソ連崩壊とともに、そういった需要もなくなり、閑散とした街となったベレスに降ってわいたのが、フェイクニュースバブルというわけである。

 記事では、こういった背景事情を説明するとともに、バブルによってあぶく銭を得た10代の若者と自称20代の山師然とした男と筆者との対話が描かれている。

 前者の若者は、恐ろしさを感じてフェイクニュースサイトをやめたというが、20代の男は儲かるので続けているという*2。ちょっとした小遣い稼ぎと、しのぎ、向き合い方にこそ違いがあるが、両者との対話の中からは大きく分けて二つの事実が明らかになる。

 一つは、ベレス、マケドニアの一般的な稼ぎと比べ、フェイクニュースは圧倒的に稼げるということ。10代の若者は1日5時間ネット上で嘘のニュースを見つけ、機械翻訳し、それを自分のサイトに貼り付けるだけで、ベレスの平均月収の倍以上を稼ぐ。

 20代の山師は1日8時間労働で数千ドルを毎月荒稼ぎしていたという。中には高級外車を乗り回す、”フェイクニュース長者”もいるのだとか。そりゃ確かにやめられないか。

 もう一つあるのは、彼がほとんど悪びれていないということ。記事のタイトルにも「コピーしただけだ」という文言が踊っているが、筆者が「罪の気持ちは?」と彼らに水を向けると帰ってくるのは、バカなアメリカ人が拡散しているだ、コピーしただけだ、という自らを正当化する言葉だ。この文春オンラインの記事ではないが同じ話題でWiredに掲載されていた記事では、親が子供にフェイクニュースの執筆を推奨しているという話もあった。シンプルに恐ろしい。

 一方では、彼らの行いに納得できる部分もある。汗水たらしても月に数万円程度の月収。表面上はだれも傷つけず、バカをだましているだけで、じゃぶじゃぶと大金が転がり込んでいるのである。自分がその環境にいたらやらないほうがバカだと思うかもしれない。

 まあ、マケドニア、おそろしや、とも思っていながら読んでいたのだが、冷静に考えれば、こういった問題は対岸の火事ではないともいえる。振り返ってみれば本邦でも、ネットで5分くらい調べればわかるような嘘を信じてやまない人の言説が飛び交っており、そのもととなる情報を流して金を儲ける人間もいる。一部のネット〇翼とか、オンライン〇ロンとか。程度の差こそあれ、ネットの空間とはそういうものなのかとも思わざるを得ない。日本でもベレスほどではないが、日に日に格差が開いている。嘘でも一発当てればいいという人間も増えているようにも思うし、確実に嘘だとわかるはずの情報でも、自分の信じた世界を壊さないために、すがるしかないほど過酷な環境に置かれている人間も増えているように思う。

 自分がいつ、彼らのようになるのか、あるいは彼らに踊らされる人間になるのか、実は紙一重のところにいるのかもしれない。

 

破壊戦 新冷戦時代の秘密工作 (角川新書)
 

 

 

終わり

 ワイアードの記事

wired.jp

*1:同著内では、それ以外にも暗躍したとされるロシアの動きについても書かれていて、情報戦の内幕が吉川氏の支店から描かれている

*2:2017年取材当時