生活

日々の生活のことを書きます

スノーピアサー ドラマ版 少々引き伸ばし気味な感じも

 紹介

 韓国の監督の作品ドラマ版

 スノーピアサーの話1034両の列車の中にエコロジーシステムを再現したようなモノ

 本作の舞台となるのは巨大列車スノーピアサー。近未来、大寒波で滅びた世界では、ウィルフォード産業が作った、永久エンジンを搭載する、巨大列車スノーピアサーが唯一人間の生きることのできる環境だ。

 スノーピアサーの乗客は基本的には乗車券を手に入れられた限られた人間のみだ。購入したチケットの代金に応じて住んでいる車両、清掃が掛かりや列車の修理係、治安維持要因など役割も決められており、絶対的な階層社会となっている。列車には乗客以外のイレギュラーな存在も乗り込んでいる大寒波を逃れるために、チケットを持たずにスノーピアサーに乗り込んだものたちだ。彼らは最後尾の配給される真っ黒な寒天状のプロテインバーが主な食事、まともに清掃されることもない、といった劣悪な環境で過ごしており、最後尾人(テイリ―)と呼ばれさげすまれている。少しの暴動すら彼らには許されていない。まっているのは暴力、場合によっては、極寒の車外に腕を無理やり出され、凍結した腕を砕くという残酷な仕打ちが待ち受けている。

 主人公は、最後尾人たちのリーダーである、アンドレ・レイトン。最後尾人の仲間たちとともに、革命を起こそうとしていたところ、列車内で給仕係が殺害され、ペニスを切り取られる、という怪事件が発生する。前方車両の人間に顔を知られておらず、かつ前職は警官だったという経歴から、アンドレは客室係のメラニーに車内探偵の役割を与えられ、事件を追うことになる。事件を追う中で車両を自由に行き来できるという探偵の特権を利用し、着々と革命の準備を進めていくアンドレは、その中で徐々に隠されたスノーピアサーの謎に迫っていく。というのがシーズン1のストーリー。

 革命が成功した後のアンドレ体制を描くシーズン2では、社内の政治に奔走されるアンドレメラニーたちの姿、そして明らかになるウィルフォード氏の存在。そして、雪解けが迫る世界が描かれていくといった内容になっている。

 原作映画は絶対的な階級社会にあらがう姿を約100分くらいかけて一気に描きあげている。シーズン1は原作に準じるところもありつつ、サスペンス要素を足した、という感じだったが、シーズン2は社内での政治や、地球の雪解けを巡る動き、メラニーと子であるアレクサンドラ(アレックス)との愛憎、列車の本来の主であるウィルフォード氏との戦い、最後尾人たちと触れ合うようになった、乗客たちが時に自らの罪に向き合い、時に自らの本心に気が付く、そんな変化と成長を描いており、てんこ盛りの内容という感じだった。

 

 シーズン3もすでに決まっているようである。ウィルフォード氏との戦いはひとまず小休止、という形で終わったシーズン2。この後はどうなるのだろうか、楽しみである。

 

スノーピアサー(字幕版)

スノーピアサー(字幕版)

  • 発売日: 2014/06/07
  • メディア: Prime Video
 

 

 

最近読んだ本 まとめ 『新版ファイト・クラブ』 『ハーモニー』 『犬が殺される』 『永遠の最強王者ジャンボ鶴田』 

 最近読んだ本の記録をまとめておく

 

 『ファイト・クラブ 新版』(チャック・パラニューク

1999年に公開された、デヴィッドフィンチャー監督、エドワードノートン、ブラッドピットダブル主演の映画版は見たことがあった。だが、こちらの原作版ははじめて。読もうと思って、数年来探していたのだが、翻訳版が最初に出たのは20年以上も前、しかも、絶版で、手に入らなかった。此度、早川から新訳版が出たので読んでみることに。

細かな違いはあるけれど、ほとんど映画版との違いの無い作品だった。よく映像化したな、という感じ。ストーリーは読んで確認してもらいたいのだが、簡単に言うと。とかくないがしろにされがちな、市政の人々が生きる意味、この資本主義社会で自分自身の軸を持ったまま生き続けるために必要なこととは何なのか。それが”僕”と”タイラー”の視点で綴られている一冊だと感じた。SFだ、とか未来を予測した一冊(映画そして原作ではテロ行為がえがかれているが、その数年後に9.11同時多発テロが起こっている)とも言われるが、解説でも書かれている通り、いつの時代に読んでも色あせない、古典的な名作だと思う。

 映画と一緒に読んだほうが面白いかもしれない。

 

 

 

『ハーモニー』(伊藤計劃

夭逝した伊藤計劃氏が残した、長編作品の一つ。言わずと知れた名作である。作品について知ったのはずいぶん前だが、恥ずかしながら最近はじめて読んだ。いわゆる百合SFの先駆けともいえる、主要登場人物3人の関係性。細かなガジェットに見られる、伊藤氏の趣味。そして、徹底的に貫かれていた「わたし」という一人称で物語が綴られてきたことの意味が分かる終盤の展開。そして明らかになるタイトル「ハーモニー」の意味。個の存在が消滅して、全てが自明になることのよさ、あるいはディストピアとして、その両方ともとれるようなふくらみのある終わり方がさすが。

コロナ禍によって、医療疫学的な言説でもって、当たり前のように人が数字として管理され、大きな目的のために役立てられようとしている社会にいる今、本書を読むと、伊藤氏の想像力の深さを感じさせられる。面白かった。

 

ハーモニー (ハヤカワ文庫JA)

ハーモニー (ハヤカワ文庫JA)

 

 

『犬が殺される』 森映子

 

時事通信社文化特信部記者の森映子氏が動物実験の闇に迫った一冊。タイトルが煽情的だし、インターネットなどで、最近よく、ダブルスタンダードな動物愛護主義者のすがたを見るので、そういう一冊なのかなと思って読み進めてみたが、さすがは時事通信社のジャーナリスト。そこに描かれているのは、どう言葉を選んでも”闇”としか言いようのない、人間の利益の為だけに生かされ殺される動物の姿だった。

本書で描かれる動物実験はとにかく凄惨を極めるものばかりだ。ただ、個人的には実験の内容よりも、動物の命の為をもって獣医学部に進んだ学生が、動物の命を何とも思わないような大学の実習に心を痛め、場合によっては、挫折していく姿が得かがれているのが、心に来た。獣医師を目指す若者たちが、心をおられるほどの動物実験が行われる。麻酔も使わず、痛みを伴う実験が行われ、外科手術のための練習を同じ犬で5日連続でやったりもする。当然、犬は死んでしまう。凄惨というよりほかない。よく、獣医学部に入ると獣医師をやめたくなる、みたいな話を聞くが、本当にその通りだと思ってしまった。

もちろん、一部では凄惨な動物実験をそのままにはしていない。是正は進んでいるようだ。化粧品メーカーなどでは、動物実験の不使用を公言するところもある。極力配慮していることを謳っている企業もある。

だが、こちらも闇なのだが、本書を読み進めてみると、そうは言いつつも、動物実験委員会に利害関係のない第三者を入れることをかたくなに拒否する業界団体。動物実験施設への著者の取材をのらりくらりとかわし続ける企業の姿も描かれる。本当に問題ないのであれば、見せてもいいはずなのに、だ。動物実験そのもの以外にも闇は広がっているのかもしれない。

正直に言えば、個人的には、動物実験を0にすることは不可能だと思っている。あまりに無謀だと思っている。医薬品など、一部の分野では安全性や倫理の問題を考えた場合、人間でやるという選択をとれない。そうである以上、動物の命に頼らざるを得ない部分がある。だがしかし、もう少し人間の利益のために命を使われる動物の存在に目を向けてもいいのではないか、周知されてもいいのではないか、と思ってしまった。

 

 

増補改訂版 犬が殺される 動物実験の闇を探る

増補改訂版 犬が殺される 動物実験の闇を探る

  • 作者:森 映子
  • 発売日: 2020/10/08
  • メディア: 単行本
 
犬が殺される 動物実験の闇を探る

犬が殺される 動物実験の闇を探る

  • 作者:森 映子
  • 発売日: 2019/03/11
  • メディア: 単行本
 

 

 『永遠の最強王者ジャンボ鶴田』小佐野景浩

週刊プロレス編集長の小佐野氏が関係者や親族への語りから、ジャンボ鶴田の実像に迫った一冊。ジャンボ鶴田は日本人レスラー最強との呼び声も高い名レスラーだが、いわゆるプロレスラー然としていない、穏やかで、のんびりとした姿も印象に残っている男である。本書ではもちろん、天龍源一郎長州力などへのインタビューを通して、当時の逸話やレスラーとしてのジャンボの強さを象徴するようなエピソードが描き出される。だが、やはり本書に描かれるジャンボ鶴田の姿で秀逸だったのが、帯に「普通の人でいたかった怪物」と書かれているように、あくまでも普通の人間として生きようとした鶴田の姿である。

安いものを好んで食べ、後輩にはおごらず、財テクを駆使して財を築き、晩年は大学の教員になることも目指していた。よく言えば、堅実だ。引退後の第二の人生についてもしっかりと考えており、スポーツマンとして理想的ともいえる。だが、食事はとにかく全ておごる。宵越しの銭は持たず、豪快。といったような、いわゆるプロレスラー然とした姿はそこにはない。

正直に言えばちょっとダサい。だが、鶴田は許されたし愛された。

もちろんそこには鶴田の人柄もあったのだろう。だが、本書を読み進めていくと、やはりそこには本人の強さが影響していたように思えてならない。強かったからこそ、鶴田のままでいることが許されたし、誰からも表立ってはけちをつけられなかった。

だが、だからというか、彼が「全日本プロレス就職します」と入団時に語った言葉に表されているような平凡な人間として生きること、死ぬことは許されなかった。

読んでいてそんなことを考えてしまった。あまりにも突然の死だった。生きていたら、彼はどうなっていたのだろうか。日体大とかで教鞭をとっていたのだろうか。

 

永遠の最強王者 ジャンボ鶴田

永遠の最強王者 ジャンボ鶴田

  • 作者:小佐野 景浩
  • 発売日: 2020/05/13
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
 

 

「デス・ゾーン 栗城史多のエベレスト劇場」栗城史多にとってのデスゾーンとは何だったのか。

 

 

 

登山家の故栗城史多氏(35)は「冒険の共有」を合言葉に、自らカメラを回し登山の様子を撮影、時にはインターネットで生中継するという劇場型の登山スタイルで、生前、注目を集めた。

「七大陸最高峰単独無酸素登頂」を目指し、挑戦を続けた彼の姿に、多くの人間が熱狂した。一方、栗城氏は何度もエベレストに挑戦するものの、いつも途上で登頂を断念。その登山スタイルや実力に疑問が投げかけられていた。彼は晩年、エベレスト登頂中に負った凍傷により、右手の親指以外の9本の指(第二関節から先)を失う。それでも、挑戦を続けた。

素人目に見ても危うい挑戦には「無謀」「自殺行為」といった非難の声も投げかけられるようになる。そして彼は9本の指が無い手で8度目のエベレストに挑み、命を落とした。客観的に見れば、自殺行為としか言いようがない。何が彼を無謀な挑戦に駆り立てのか。

『デス・ゾーン 栗城史多のエベレスト劇場』は栗城氏のドキュメンタリー制作にも関わっていた、北海道放送ディレクターの河野啓氏が栗城氏の実像に迫った一冊だ。

 

本書で描かれる栗城氏の姿は、一言で言えば「若き起業家」だ。断じて登山家ではない。北海道の一大学生に過ぎなかった栗城氏は元手も伝手もないなか、言葉の巧みさと天性の明るさ、押しの強さで大学教授や有名起業家の目に止まり、のし上がっていく。時にマルチ商法で知られるアムウェイの広告塔になり、時に怪しい天然水を売りにする企業から融資を受け、したたかな姿も見せる。その存在は大手メディアの人間にも知れ渡るようになり、彼は一躍時代の寵児に……。ここだけ見れば、何者でもなかった一人の若者が成り上がっていく痛快な物語だ。ただし、彼が売りにしたのは、登山という命がけの活動であり、

 

彼がセールスした商品は、彼自身だった。その商品には、若干の瑕疵があり、誇大広告を伴い、残酷なまでの賞味期限があった。

『デス・ゾーン 栗城文多のエベレスト劇場』 p.8

 

本書では自らの登山活動を冷静に値踏みし、巧みに喧伝していく栗城氏の姿が描かれている。トレーニングは絵になるものを選び、練習中、運動不足のせいか倒れ、苦しむ。そんな無様な姿は映させない。エベレストの山中でも、とにかく面白さにこだわり、キャンプ地で凧揚げをしてその姿を中継するなどといい始める。果ては実力が足りないと言われても、難度の高いルートを選んでしまう。

彼が掲げた「七大陸最高峰単独無酸素」というスタイルにも演出があった。そもそも7000メートル以下の山では酸素を基本的には使用しないのだという。そして七大陸最高峰で7000メートルを超えるのはエベレストだけだ。どうやら指9本を失った凍傷も演出の一環だったことも本書では示唆されている。晩年は指9本を失い、日常生活では介助が必要な時もあったようだ。それでも挑戦を続けた、しかしながら、決して登山が好きでも得意でもなかったようだ。大学の登山部の練習にすらついていけないような状態であったことも本書は明らかにする。

 

彼の作り上げた虚像はどんどんと大きくなった。「ニートアルピニスト」の二つ名の名付け親である、日本テレビの土屋敏夫プロデューサーなどメディアの人間たちやインターネットの力を借りて。彼もそれを望んだのだろう。だが、作り上げた虚像は本人の予想を超えて大きくなりすぎてしまったのかもしれない。

本書で描かれる栗城氏の姿は毎日ドンペリを飲み、高級マンションで暮らし、「秒速で1億稼ぐ」とのたまった与沢翼氏の姿とかぶって見えた。二人に共通するのは自らをコンテンツ化し、のし上がっていくも、大きくなりすぎた虚像によって押しつぶされたという点である。

与沢氏は毎月100万が飲み代に消えると豪語していたが、その実態は豪華な生活を喧伝することで儲けたカネでまた散在するという自転車操業。サクラを使い、生活を脚色して見せていたこともあったという。結局与沢氏は、法人税を滞納し、自身の会社を倒産させ、住んでいた高級マンションの家賃も払えず、引き払うことになる。

栗城氏と与沢氏が違うのは、失敗し、自分の本当の姿を見せざるを得なくなったことではないだろうか。与沢氏はホームレス同然の生活になった後、豪華に見えた生活のほとんどが演出だったと自ら白状した。「酒はドンペリから、ウーロンハイに変えた」「月に10万あれば暮らせる」「居酒屋で友人に慰められている」と彼は自らの飾らぬ姿をメディアにさらし、そして再起を果たした。*1

一方の栗城氏は、幾度となく実力に疑問の声が投げかけられ、その実力不足や無謀な挑戦が公然の事実となり、命の心配をされてもなお、本当の姿を見せることはしなかった。できなかったのかもしれない。

事業における失敗はせいぜい資産を失う、借金を背負う、逮捕されるくらいだろう。よほどの恨みをかっていれば、別だろうが、命を奪われるようなことはない。

だが、栗城氏が商品にしていた登山での失敗は、特にエベレストのような極地の場合、死を意味する。栗城氏の挑戦は途上での断念はできても、失敗は許されないものだった。しかも、栗城氏は無謀とされる挑戦の途上で、幾度か仲間を失っていた。

栗城氏は、与沢氏のように、一度地に落ち、半ばやけっぱちになりながら、自らの本当の姿、苦悩を開陳する。そんな機会は訪れないし、許されない。仮に幕を引くにしても”劇的なものでなければ”と思っていたのかもしれない。本書を読み進めていると、栗城氏は登山家ではない次の人生を考えている節もあったらしいことがわかる。だが、それはかなわなかった。彼は、命を落とすまで無謀な挑戦に挑み続けてしまったのである。

 

本書のタイトルにある「デスゾーン」とは、8000メートル以上の人間が生存できないほど酸素濃度が低い高所領域を指す登山用語だ。だが果たして栗城氏にとってのデスゾーンとは本当にそこにあったのか*2。命を落とすような無謀な挑戦に挑まざるを得ない状況こそが栗城氏にとってのデスゾーンと言えたのではないか*3。自らの人生や命をコンテンツ化することで、何も持たない人間が、何者かになれてしまう。そして称賛と社会的承認も名誉も金も地位も手に入る。ただし何者かになったことで負うべき責任や代償を伴って。そんな現代の闇がいきつく、恐ろしい結末の一つとして、栗城氏の死があるのではないか。本書を最後まで読み進めてみて、そう思わざるをえなかった。

*1:与沢氏の現在に関してもいろいろとあることはここでは触れないでおく

*2:栗城氏は8度のエベレスト挑戦で一度もデスゾーンには到達していない

*3:本書の末尾では、栗城氏が自ら望んで死に向かった、そしてその要因は栗城氏の内面にあった、ととられかねないような書き方になっている。個人的には納得できなかった。彼を一時は祭り上げ、そしてその死にざまをコンテンツにした人間が、それを結末に持ってくるのはいかがなものかと思ってしまった。もちろん、末尾だけをとって本書の作品としての素晴らしさが棄損されるとは思わないが……

なんとなくYouTubeを始めてみた

 社会人の皆さんはみんなそうだと思うが、働いているとあんまり余暇に時間をさけない。私は読書やゲームが趣味なのだが、仕事に行く時間や休憩時間にちょっとできる読書と違い、ゲームをする時間を捻出するのは意外と大変だ。私の場合はコンシューマーゲームが好きなので、余計にである。しかも、たまに時間ができて、ゲームをしていても、プレイするだけだと、なんだか時間を浪費してしまったんじゃなかろうかと思って不安になってしまう。何か他にためになることをしなければ。

 ということで、ログの記録がてらYouTubeに遊んだゲームの動画を投稿してみることにした。

 YouTubeのアカウント解説自体はメールアドレスなどで簡単にできたのだが、いかんせん、動画を採るのが意外と手間。ゲームの映像を録画するためのキャプチャーボードがまず意外と高い。

 最初、安いものにしておけばとりあえず、懐は痛まないかと、Elgatoというメーカーの一番安いGame CaptureHD60というやつを買ったのだが、これがダメだった。PS4のゲームで動画を取ってみたのだが、普通に録画するだけで、すでに、入力が画面に反映する時のラグ(だいたい、0.3秒くらい)そして動画と音声のラグがあり、とてもじゃないが使い物にならなかった。

 というわけで、メルカリで売りさばき、HD60 の上位機種であるHD60 Sを購入することにした。こちらは打って変わって、何の問題もない。安心である。

 次に難儀したのが、動画編集ソフト。といっても声を出すのも凝った編集をするのも今のところ面倒で継続する邪魔になりそうなのでやっていないのだが。とはいえ、無駄な部分をカットしたりつなげたりする能力は必要だ。

 こちらも先ほどのことで学べばいいのだがとりあえずお金を持ち出すのが面倒だったので、AvitUtlというおなじみの無料ソフトを利用した。こちらは、最初の設定こそ手間取ったが、設定が済むと意外と便利である。気楽にできるし、そんなに性能のよくない数年前のLet’sNoteでも早い。こちらは無料でも問題がなかった。

 というわけで、今はいそいそとゲームをしながら録画をしてはYouTubeに上げるために編集作業をしたりしている。これで何かいいことがあるかはわからないが。ゲームをクリアした後にドット押し寄せる無力感、こんなことをしていて自分はいいのだろうか、という焦りはやわらぎ、ゲームをちゃんと楽しめるようになったとは思う。

 ただ、余計ゲームに割く時間はながくなったのだが。

 

 終わり。

 

ちゃんねるはこちら(一度やってみたかった)

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CBDワックスを試してみた 別に劇的に何かが変わるわけではない。

 酔っぱらった勢いで、CBDワックスと吸うためのVAPE(電子タバコのようなもの)を購入してしまった。試してみたので効能のほど(あくまで私が感じた範囲)を記しておこうと思う。

そもそもCBDって何

 まずCBD(カンナビジオール)とは何ぞやという話をする。104種類ある大麻草の成分のうち、主に成熟した茎や種子からとれる成分のことを指す*1

 大麻と聞くと、違法薬物! と思うかもしれないが、こちらのCBDは日本の大麻取締法の対象にはならない。つまり合法だ。ちなみによくある七味に入っているコリコリとしたちっちゃいやつも大麻草の種である。

 

 逆に、伊勢谷友介氏の逮捕で話題になった、いわゆる非合法の大麻(マリファナ)というのはCBDと同じく大麻の成分の一つであるであるTHC(テトラヒドロカンナビノール)を使ったもののことを指す。

 THC大麻草の花や葉っぱからとれるものだ。精神作用があるとされる。よく吸って”ハイになた” ”Dope……” ”チル……”みたいな話になるわけである。だから日本の大麻取締法の違反にもなるわけだが。

 

 で、何故大麻草の成分の一つであるCBDが精神作用などないのに、私が買ったCBDワックスのように、製品として使われているのか。

 実はCBDはTHCのような精神作用はないものの抗不安、抗炎症効果などが報告されている。要するに摂取するとリラックスできたり、疼痛が和らいだりといった効果があるとされているのだ。 

 これ以外にも抗てんかん作用や抗がん効果があるのではないか、という報告もある。医療用大麻の議論で指摘されているのも、主にこのCBDの話だ。

 

正直あんまり効果は感じなかった

 というわけで、リラックス効果などを期待して実際VAPEでCBDワックスを吸ってみたのだが、正直なところあまり効能は感じられなかった。

  言われてみればちょっと気持ちが落ち着いたかな、程度である。ネット上にあるCBD使用者の感想を読むと、「ぐっすり眠れた」とか、物騒な言い方だけれど「”ブリブリ”に効いた」という話もあったので、少し興ざめである。これだったら、コーヒーとか酒の方がよっぽど薬物としての効能を感じやすいと思う。(だから安全という見方もできるが)

 

 ただ、ワックスに含まれているTHCの割合によっても、効果はだいぶ変わるようである。また、そもそも私はVAPE以前に生まれて20数年、たばこの類を一切吸った経験がないので、そもそも正しい使い方ができていなかった可能性もある。

 

 決して安い買い物ではなかったので、今後も何度か試してみよう思う。

 ちなみに、CBDを使った製品は私が試したCBDワックス以外にもアロマオイルのようにして使うCBDオイル、茎や種子を使ったお菓子などもあるので、たばこみたいなのは嫌だけれど、試してみたい人は、うそっちを買ってみるのがいいかも。

 

 使うには危険な点もある。

 ちなみにCBDは合法と書いたが、使うには留意点が必要だ。厚労省がホームページで公開しているが、海外から輸入された商品に、まれに違法成分であるTHCが含まれている可能性がある。

 罰金刑などはなく、執行猶予が付かなければ刑務所行きと被害もない犯罪の割にかなり罰則は重い*2。昨今では所持だけでなく、使用罪を制定する動きもあるので、十分注意したほうが良いだろう。

 

 ついでに呼んでおくと面白そうな記事

news.yahoo.co.jp

 終わり

 

 

 

 

Shure SE215を買った

 メルカリでいらないものを売ったものの、そのお金の存在を全く忘れていた。そんな折に、ちょうど忘れていた金額と同じくらいのイヤホンが販売されていたので勢いで勝ってしまった。

 ShureのSE215である。ブルーカラーのモデルが、”初音ミク”のイヤホン。として話題になったり、その金額と性能から、高級イヤホン沼の入門機として多くの人間を沼に突き落としたとか言われている機種である。

 特段素晴らしい音色というわけではないのだが、Shureはマイクなど録音機材のメーカーとしても知られている。変な特色のない、いいイヤホンだった。ちょっと密閉度が高く、耳の穴がすぐかゆくなりやすい私としては不満も残る部分があるのだが、さすがは新品で1万円くらいするイヤホンである。

 音楽を聴いたり、ギターの練習(アンプにつなぐ)に使ったり、アニメを見たり、映画を見たりするのがもっと楽しくなった。

 よく言われているような臨場感がある、奥行きが見たいな劇的な変化はないものの、音の粒というき解像度は上がったような気がする。

 そのうちどうせ不満が出るのかもしれないが、当分はこれを使ってみようと思う。イヤーパッドとかを変えられたり、改造もできる機種のようなので、そちらも試してみたい。

 

 

 

MVNOを2年半使った感想 やっぱり大手キャリアの方がマシ もちろん使い方による

 2018年の中頃から約2年半、MVNO、いわゆる格安SIMの一つBIGLOBEモバイルを使ってきたのだが、諸事情によりキャリアに戻すことになった。

 これまで、使ってきて感じたことをまとめておこうと思う。

 もともと私はドコモユーザーだった。変えたきっかけは単純だ。自分の使い方に比べて利用料が高った。解約したのが3年近く前なので、詳しい金額は覚えていない。たしか月額10GBくらいの容量で、通話し放題。月額利用料、6000円弱のプランに加入していたと思う。

 これは大学に入る時にドコモショップの人間にいわれるまま、とりあえず加入していたものだ。特にカネに困ることがなかったので、気にしていなかった。だが、仕事をするにあたって自分の利用状況を見直してみたのだ。別に月に3GBも使わないし、電話もほとんどしない。自分の利用状況から考えると、6000円は高いだろうと思ってしまったのである。

 振り返ってみれば、ドコモショップにいってプランの見直しをすればよかったのだろう。だが、格安シムがすでに何社も登場していた。ドコモの3分の1くらいの料金プランが非常に魅力的に映った。シムロックを気にせず、いろいろな端末が使えるのも魅力に思えた。

 そんなこんなで勢いで契約したのがBIGLOBEモバイル。音声SIMの3ギガバイトプラン(月額1600円)に加入した。当初の6000円弱の利用料から比べると約4000円以上安くなった。当初は安くなったぞ、なんて思い、特に何故安いのかなど気にせず使っていたのだが、職場が変わり、通話する機会が増えると様子が変わってしまった。

 当たり前の話しなのだが、1600円というのはあくまでも基本料金だ。そこに音声通話の従量課金が加わる。通話した分だけ料金は上がる。仕事で電話する量が増えると、次第に3000円、4000円と利用料が増えてしまった。極めつけは月に1万も2万も利用料金がかかるようになってしまったのである。

 しかも、よく電話を使うようになって気が付いたのだが、biglobeモバイルの回線は音声が飛んだり、通信が乱れたりする頻度がかなり多かった。雑誌や口コミなどを見てもbiglobeに限らず、MVNOは回線の質がいまいち落ちるらしい、ということもわかってきた。

 ネットや雑誌の情報を見ると、MVNOタブレットなどのデータ通信用に音声通話がないタイプのSIM契約をするには便利。一方で、音声通話を利用するなら頻度によっては、回線の質も良く通話し放題プランのあるキャリアとは比較にすらならないらしい。

 しかもあくまでBIGLOBEモバイルを契約していて感じたところだが、手続きも面倒だった。解約する際に電話をかけなくてはいけないのだが、それがつながらないのである。「お待ちください」のアナウンスが流れたあと、50分以上も待たされてしまった。どうしてもその日に解約手続きをしなくてはいけない事情があったのでまったが、とりあえず、解約をしたい人はあきらめてしまうのではないだろうか。

 それ以外にも、いろいろと面倒だ。今の番号を使って再度ドコモと契約をしようと思っているのだが、MNP転入出手続きも面倒だった。本来であれば、ドコモオンラインで手続き手数料なしに手続きができるのだが、BIGLOBEモバイルのようにドコモ回線を使っているMVNOの場合、ドコモショップで有料(3000円)で行わなくてはならない。本当に面倒である。正直なところ、二度と使いたくない。

 2021年に入り、auのPOVO、ドコモのahamoと大手キャリア各社が相次いで格安プランを打ち出している。それに対して、MVNOは正直にいっていまだに安い、だけど面倒、質も悪い、というものが多いように思う。(通話し放題プランのあるUQや第4のキャリアなんて言われる楽天のように、違いを打ち出せているところもあるが)このままでは早晩キャリアに駆逐されてしまうのではないだろうかと、思ってしまった。

 了